福島の日本酒の美味しさを語りつくす。福島呑気酒 Vol.3 寿々乃井酒造店(天栄村)
まだ知られていない福島の各蔵元の魅力を、日本酒大好きライター林の独断と偏見による感想、そしてあふれる酒蔵への愛で語る「福島呑気酒」シリーズ。
Vol.3では、前回の「廣戸川」松崎酒造と同じ天栄村にあり、福島の酒の魅力を語る上で欠かせないもう一つの蔵元、「寿月(じゅげつ)」寿々乃井(すずのい)酒造店をご紹介します。
2019年(2018年醸造年度)の全国新酒鑑評会では、どちらの蔵も金賞を獲得しています。
上弦の月のような優しさ 寿々乃井酒造店
寿々乃井酒造店は、越後から会津を辿り、白河を経て江戸へと連なるかつての白河街道のすぐそばにある酒蔵。蔵の入口では樹齢を重ねた立派な松の木と白壁の蔵が出迎えてくれます。
創業は文化8年(1811)と伝わるものの、菩提寺の火災による過去帳焼失のためはっきりしたことはわからないとされています。
寿々乃井の酒は、長年その生産量のほとんどが天栄村の中だけで飲まれ、同じ福島県内でさえ最近までその名を知る人は多くはありませんでした。
しかし、地元から深く愛され、密かに受け継がれてきた味わいとていねいな造りを旨とする寿々乃井酒造店の酒は、まるで人知れず高嶺に咲き誇っていた可憐な高山植物の花のよう。その名と姿を知り、はじめて口にした人がみな一様に感嘆するような魅惑的なお酒です。
寿々乃井酒造店の「ここが好き!」
「寿々乃井」は淡麗ながらも後味にふくよかな甘さが残る、飲み飽きない酒。今も舌が肥えた地元の人たちから、深く深く愛されている魅力的なブランドです。
その寿々乃井の中でも、2019年全国新酒鑑評会で金賞を獲得したお酒が「まぼろしの酒・大吟醸」。
酒造りでは、食用米に比べて米の外側を大幅に削ることが求められます。外側に近い部分にはタンパク質や脂質などが多く含まれており、これがさまざまな味の要素となりますが、この外側部分が多すぎると一般的にはお酒に好ましくない雑味や臭気をもたらしてしまうため、必要に応じて取り除くのです。
そして米の中心部に近ければ近いほど純粋なデンプン質の割合が高くなり、これを醸造することで雑味が少ない透明感のある味わいが得られます。
一般的に、鑑評会では雑味を少しでもなくすために、米を元の大きさの40%や30%台、むしろそれ以上まで削ることが当たり前です。
このお酒は、そうした中で50%までしか削っていないという、他の出品酒に比べれば半ば無謀ともいえるスペックです。
ところが、そのわずかに残された「雑味」を上手に「旨味」へと変換させ、むしろ欠かせない個性の決め手として取り込んでしまっているのです。
華やかながらもどこか陰のある憂いを帯びた気品と色気、香り、味。 そして飲み飽きさせない優しさと、さり気なさ。たとえるならば、竹久夢二が描く絵画にも似た雰囲気を感じさせます。味わいの最後に、独特の色香を感じさせるような、可憐な花の蜜のようにほのかに甘い、神秘的な香り。それはワインともまた似て非なるものなのですが、しかしこのお酒をワインのような感覚でも楽しませてくれるのです。
最上級の生糸のように滑らかで光沢感のある、極めて緻密な沢山の香り。それらが艶やかに絡み合い、極上の一つの味覚が織り成されていきます。これは無二の味わい。僭越ながら太鼓判を押します。
寿々乃井酒造店のこうした独特の魅力は、この鑑評会金賞となった大吟醸のほか、地元の五百万石や亀の尾などの酒米を使って造られているブランド「寿月(じゅげつ)」シリーズにも強く感じられます。その「寿月」にも、「純米吟醸 しずく酒無濾過生詰」「自然流」「ひやおろし」などのバリエーションがあり、それぞれに個性があります。
「しずく酒無濾過生詰」は、寿々乃井のお酒が持つ花の蜜のような甘さ、華やかさを特に強めにしたのが特徴です。生命感溢れるお酒からこぼれた「しずく」を、ていねいに溜めたようなお酒。
日本酒を知り始めたばかりの方にも特におすすめしやすいお酒ですが、飲み慣れた人にもぜひ試していただきたい一本です。
そのまま飲むのはもちろん、風味を生かしてお好みの果実を入れてサングリアにしたり、蜂蜜を塗ったクラッカーやチーズなどのおつまみをペアリングとして合わせるといっそう魅力的です。
また、意外かもしれませんが東南アジアなどのスパイシーなエスニック料理も引き立てます。エスニックの独特の香味や辛味と、寿月のフレッシュでジューシーな甘さが絡み合うことで、両方の良さを引き立てるのです。
「自然流」は、他の寿月に比べて香りをやや控えめにしつつ、油や味が強めのおつまみと合わせても負けない芯の強さと旨味も感じさせます。
オリーブオイルやチーズなどをふんだんに使ったイタリアンなどとの相性も抜群で、カルボナーラの濃厚なクリームソースや、トマトのフレッシュさのいずれにも対応できます。また、マグロやブリなどの刺身やトロサーモン、アボカドなどと合わせてあげるのもいいかもしれません。
そして。毎年9月に発売されるひやおろしは「憂いを帯びた、月の光のような淡い柔らかさ」を非常に強く感じさせる一本。寿々乃井酒造の持ち味の真髄が堪能できる素晴らしいお酒です。
まるで適度に熟成させたボルドーワインのような、しかしワインとは別の味わいを持つ、少ししゃがれたような繊細で官能的なこのお酒は、白身魚の刺身などと合わせても絶品。少しアンニュイさの混じった心地良い陶酔感が味わえます。
前回ご紹介した、高原の夜空に輝く綺羅星のような廣戸川。そして今回ご紹介した、夜空を淡く優しく照らす上弦の月のような寿々乃井。
この二つの蔵元が織りなす協演こそ、天栄村の地域の誇りと文化そのものといえるでしょう。
ぜひ、この魅力あふれる地酒を楽しんでみてください。きっと、みなさんの日常に彩りと感動を添えてくれるはずです。
〒962-0501 福島県岩瀬郡天栄村牧之内矢中1
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今回のお酒の購入先
〒960-8153 福島県 福島市黒岩字遠沖1-1
024-546-1529