福島の日本酒の美味しさを語りつくす。福島呑気酒 Vol.2 松崎酒造(天栄村)
まだ知られていない福島の各蔵元の魅力を、日本酒大好きライター林の独断と偏見による感想、そしてあふれる酒蔵への愛で語る「福島呑気酒」シリーズ Vol.2。
福島県の南部・白河街道沿いの天栄村には、福島の酒の魅力を語る上で欠かせない二つの蔵元があります。
「廣戸川(ひろとがわ)」で有名な松崎酒造と、「寿月(じゅげつ)」の寿々乃井(すずのい)酒造店です。2019年(2018年醸造年度)の全国新酒鑑評会ではどちらも金賞を獲得しています。
今回のVol2では松崎酒造を、Vol3で寿々乃井酒造店を取り上げます。
若き杜氏の活躍で注目を集める、松崎酒造
(fukunomo より)
松崎酒造の創業は明治25年(1892年)、今年で創業127年になります。
その歴史の中で、松崎酒造は数年前に大きな転機を迎えていました。2011年の東日本大震災直後、長年共に酒造りをしてきた杜氏が倒れたため、蔵に戻って酒造りを学び始めたばかりの当時20代の松崎祐行氏が急遽、若くして6代目杜氏となったのです。
驚くことに、この若き杜氏は就任1年目から全国新酒鑑評会でいきなり金賞を受賞したばかりか、今日まで途切れることなく、8年連続で金賞を受賞し続けるという快挙を成し遂げています。
今でもその技は毎年進化しており、全国から急速に注目を集めている蔵です。
地域の文化と風土
「天に栄える村」の名を持つ天栄村は、福島県中通り南部、会津地方との境の奥羽山脈にまたがって東西に長く伸びた村です。
東には阿武隈高地を望むなだらかな田園地帯が広がり、西には美しい湖畔と1500m級の奥羽山脈の山々が織りなす羽鳥湖高原(はとりここうげん)があります。
この高原の東側、村のほぼ中央に位置する鳳坂峠(ほうさかとうげ)は分水嶺となっており、この村から流れ出る水がそれぞれ東は太平洋、西は日本海へと注いでいきます。天栄村は地理的にも歴史的にも、東西をつなぐ結節地であったといえるでしょう。
同じ村内でも標高差や気候の違いが大きいため、自然のさまざまな表情と豊かさを一度に楽しむことができる天栄村。その恵みを受けた農作物は、高品質と名高い福島県産品の中でもとりわけ上質であることが知られています。
たとえば米・食味分析鑑定コンクール:国際大会では、天栄村で作られたコシヒカリが「世界一」といえる最高評価を何度も獲得しています。
そのため「天栄米」は、限られたわずかな生産量ではとても間に合わないほど人気が高く、東京の百貨店などで販売されることもあるものの、高価な上に入手はかなり困難。県内でも販売店が限られている希少なお米です。
(ふくしまの旅より)
そんな天栄米と同様に、天栄村の蔵元が醸したお酒も非常に高品質かつ生産量が限られており、味への定評と人気がありながらも、県外どころか福島県内でさえ専門店や一部店舗以外での入手は困難です。
「世界一の食味」の米を作り出すような舌の肥えた村の人たちから愛されてきた圧倒的なクオリティのお酒は、通のあいだで垂涎の的となっています。
松崎酒造の「ここが好き!」
この松崎酒造、そして次回ご紹介する寿々乃井酒造店という二つの酒蔵のお酒は、同じく天栄村の恵みをふんだんに生かしながら、それぞれにかけがえのない素晴らしい個性を生み出しています。
その上で共通点を挙げるとすれば、きちんと日本酒らしい美味しさを持ちながら、同時に「ワインのような感覚で楽しみやすい」という点でしょうか。
洗練されたやわらかな香りと穏やかな飲み口。じわじわと広がる旨味との調和。それは天栄村という多彩で豊かなテロワール(その土地の風土や環境)が生み出した味わいといえるのかもしれません。
ワインと同様に、チーズやドライフルーツなどとの相性も特に良いお酒です。
松崎酒造のお酒は、全体的に穏やかで淀みのない、高原のやわらかなそよ風になでられるような心地よさが身体と心に浸透していくような味わいを感じさせてくれます。それはこの酒の名である「廣戸川」(現在の釈迦堂川)の水面が陽射しをキラキラと映しながら流れていくような美しさです。
なかでもこの廣戸川特別純米は、同じ県内の会津の酒とは纏っている気配が少し違います。近隣の白河の酒の特徴でもなく、東の阿武隈山系の酒とも違う。 ああ、やはり天栄村、やはり廣戸川。かけがえのない味わいの特徴を醸し出しています。
この感覚。たとえるならば、夏の暑い昼下がりに丸々とした上等なメロンをキンキンに冷やし、よく研いだ包丁でサックリ切ったような。切り口からゆっくり、じわじわと溢れ出て滴る 果汁と香味。ひんやりと瑞々しく輝く緑色の果肉に思い切りかぶりついた瞬間にほとばしるジューシーさ……、そんなイメージの味わいと香りが、本当に米と米麹、水だけから造られているのです。
普段から親しむ酒にさえ、ここまでの圧倒的な技を示す松崎酒造。その鑑評会金賞受賞酒ともなると「廣戸川」の魅力を極限まで突き詰めたような存在です。
しかも、ここで特筆すべきは、この酒が地元で作られた福島県オリジナルの酒米「夢の香」で造られているという点です。
鑑評会での金賞受賞酒は、全国的にほとんどが兵庫県産「山田錦」という鑑評会にもっとも適した酒米で造られている中で、このお酒は地元の酒米のポテンシャルを最大限に引き出すことによって、まったく引けを取らない品質のお酒を創り出しているのです。
このお酒を一口含むと、まずは透明感ある口当たりときら星のような輝きを感じさせます。そこから酒米「夢の香」の名を体現するかのような繊細かつダイナミックな香りが溢れんばかりに口の中を染め抜いていく。
ただ上品なだけでは終わらせない、福島の酒ならでは…ともいうべき「ふくみ」のような優しい旨味が極限まで洗練された味わい。共鳴し合う「香気」のハーモニーが、飲み手の感性をも震わせる、感動の仕上がりです。
このお酒は、今年6月に行われたG20大阪サミットで各国首脳に振る舞われたお酒の一つです。まさに福島を代表し、日本をも代表する一本であるといえるでしょう。
なお、松崎酒造の一部要冷蔵品は、管理がしっかりとした特約店のみの販売となっています。蔵元から飲み手に届くまでの気遣いもまた、お酒の品質への信頼を保証してくれています。しかも、意外かもしれませんが、こうした特約店ではお酒の価格も最安値で販売されています。
人気のお酒は市場でプレミアム価格がつけられてしまいがちですが、ほとんどの特約店は、美味しい日本酒を最高の状態で、しかも良心的な正規価格で販売しています。今回ご紹介した廣戸川特別純米も、これほどの品質のお酒でありながら4合瓶で¥1,250 (税別)程度で購入することができます。
特約店には、そこでしか出合えない特別なお酒がたくさんあります。いずれのお店もお酒を直射日光から護るために店内が少し薄暗くて最初は入りにくいかもしれませんが、ぜひ勇気を出して足を踏み入れてみてくださいね。
次回は、松崎酒造と同じ天栄村の「寿々乃井酒造店」をご紹介します。どうぞお楽しみに!
〒962-0503 福島県岩瀬郡天栄村大字下松本字要谷47‐1
今回のお酒の購入先
〒960-8153 福島県福島市黒岩字遠沖1-1
024-546-1529